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アメリカ行 その3

      2015/09/06

こんにちは。
アメリカ報告、その3です。

今回は「ハンフォード核施設」について説明します。
ほとんどの人が知らないのではないかと思います。

ワシントン州のハンフォードは、マンハッタン計画のもとにプルトニウムの生産地点に選ばれ、1943年、陸軍によって1520平方km(広島市の2倍の広さ)の土地が接収されました。
広大な土地で秘密が守れること、原子炉の冷却などで大量の水が必要なことなどが理由でこの場所が選ばれました。第2次世界大戦前は1000人しかいなかったこのあたりは、核施設になった2カ月後には半径50キロ以内に5万5千人の人が居住するようになりました。1943年から45年にかけてプルトニウム生産炉3基とプルトニウム分離回収プラント3施設が建設され、長崎に投下された原爆ファットマンに使用されたプルトニウムなどを生産しました。ソ連が原爆実験に成功したのを契機に米ソの軍拡競争が激化し、米国はプルトニウム生産能力を大幅に拡充。1949年から64年にかけて、さらに6基のプルトニウム生産炉が次々と建設され、合計9基となりました。また、この間に新たな主要化学分離プラント3基が建設されました。
1986年の内部告発を契機に、87年に生産を全面停止。177個の高レベル放射性廃液貯蔵タンクに詰められた5300万ガロンもの廃液が地下に埋められており、この中に入ったら人間は5分で死ぬそうです。ずさんな管理体制のため、3分の1のタンクから放射性物質が漏れているそうです。
89年からは、放射性物質や化学物質による膨大な汚染の除去作業に取り組んでいます。56億ドルかけて、放射性廃棄物をガラス化して固形する設備を作ったそうですが、これの維持費に350億ドルかかるだろうと見積もられています。

以上です。
ではまた次回。

      

 - 政経・倫理

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