『夕凪の街 桜の国』

やっと観に行けました、『夕凪の街 桜の国』。
いや~、余韻残りまくり!

予告編なんかはほとんど観なかったし、
「あの雰囲気は映画では出せない!」と正直言って期待もせず、
原作では登場人物が泣くシーンなんて全然ないから、
映画を観る前は、「どこで泣くんだよ!」と周りの人の感想を斜めに聞き流していましたが、

いや~、泣かんわけにはいかんわ!
私にとっては、原作よりも心にズドンと来るシーンが多かったです。
監督が男性だからかな?
漫画は少し考えないと理解できないシーンがいくつかあったけど、
映画は考える暇がないからね。

七波ちゃんの気持ちをちゃんと理解していなかったことも、映画を観て気付きました。
「なんであの町のことを忘れたがるんだろう?」ッて、ちょっとあいまいなまま読み過ごしていたのに、
映画のおかげでちゃんと理解できました。
『桜』の方の女優さんが、二人とも自分の好きな女優さんだからかな?
(正反対と言ってもいいくらいタイプの違う女優さんですが、なぜか二人とも“ズドン!”なのだよ)

帰りの車の中でいろいろ考えたけど、
ここで書けることも書けないこともあって、
とりあえず箇条書き風に感想を。

一番は、
ヒバクシャが原爆映画として観ると物足りないらしいけど、
私たちがあの頃のヒロシマに想いを馳せる映画として、非常に有効な、すばらしい映画だと感じたこと。
すべてはラストシーンに凝縮されるんだと思います。
写真を見ながら涙ぐむ田中麗奈さんと、それにかぶさる堺正章さんのセリフ。
監督も出演者も、相当このシーンに賭けていたようで、
その想い、きっちり受け止めさせていただきました。

二番目は、まだまだ自分も原爆のことを他人事として受け止めていたんだなと感じたこと。
先日、衆人の前で自分の親がヒバクシャとして紹介されたときにもちょっとドキッとしたけど、
この映画(『桜』の方)の登場人物ほど、原爆を自分のこととして捉えていなかった自分に、ちょっと反省。
親が被爆した、ほぼそのままの場所で生まれ育ち、
平和公園の碑めぐりガイドで「被爆2世です」と自己紹介し、
親が身体の隅々を調べられたのと同じ比治山の施設で「胆嚢に腫瘍があります」と診断されたにもかかわらず、
なんか、自分のこととして捉えられていなかったことに、なぜか気付いてしまいました。
(まぁ、胆嚢のポリープはただの脂肪の塊だったんですが)

で、ついさっき気付いたんですが、
ナガサキのことをほとんど何も知らないんですよね。
中学校のときに修学旅行で行ったくせに、
正確な投下時刻も、やっと最近覚えたくらいで。

で、最後。
「自分は幸せになっちゃいけないんじゃないか?」
と感じていた人たちの間に生まれた私たちは、
その人の分まで「幸せになる義務」があるんじゃないか、と。
そして、子や孫の世代には「平和な世の中を残してやる責任」があるんじゃないかと。
たくさん出てくる平和公園のシーンで、
「ひょっとして自分がどこかに写っているんじゃないか?」
「何かの間違いで出てこないかな?」
と感じられるくらい身近な映画が、
これだけの名作になってくれたことに、ものすごく感謝です。

ホント、原爆を正当化する人たち、無関心な人たちを含め、
たくさんの人たちに観てもらいたい映画だと思いました。

もう一回、観に行きたい!

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