左の写真の、黄色い花がささげられたお墓には、シティー・ビュー・共同墓地で私たちを迎えてくれたベティ・パークスさんの子ども、ロバートちゃんが眠っています。
このお墓にも右側に「1960」とだけ書かれています。その左右両側にあるお墓にも、左側の数字が書かれていません。
パークスさんは、「皆さんがここに来てくれたことを、この子も喜んでいることでしょう」とあいさつしたあと、「緑が多く芝生がきれいです。ここに眠っている子どもたちがみんな生きていたらと思います」と言われました。本当にそのとおりだと思いました。

 

ここに来るまでのバスの中から、雪をかぶった雄大な山々を眺めることができました。翌日も、朝日に映えるコロンビア川にしばし見とれました。豊かな自然にはぐくまれ、暖かい日差しの下で日光浴する人に出会いました。アメリカは大自然に恵まれた国です。その自然と共存しながら多くの人が生きています。
しかし、核兵器はこれらを破壊する能力しか持っていません。使わなくても作っているだけで、作ることをやめた土地でさえも、深刻な汚染が広がっています。自国の人間を傷つけてまで、アメリカ政府はいったい何を守ろうとしているのでしょうか。
無数の乳幼児のお墓が並ぶ国には、どんな未来もありません。

左の写真は、弟夫婦の子どもです。8ヶ月になります。親の了解を得て載せています。
国連本部で買ったユニセフのTシャツを着ています。この子のお土産を選ぶときが一番楽しかったですね。
最近、表情が豊かになってきて、笑った顔もただの笑顔ではなく、やんちゃな感じが出てきているように思えます。
歯も生え始め、盛んに歯軋りをしています。
ハイハイができるようになりました。部屋中をおなかで掃除しながら這い回っています。
人の子ながら、成長振りが楽しみです。

赤ちゃんの笑顔に癒されるのは、世界中、誰でも共通する感情でしょう。
「この笑顔を守りたい」
この感情に、国境は関係ないはずです。

今回のアメリカ行きの話があったとき、ハンフォード核施設と聞いても、そこに何があるのか、私はまったく知りませんでした。歴史の教科書にも載っていません。おそらく、アメリカ人の多くも知らないのではないでしょうか。要請団本来の目的からするとニューヨークでの行動がメインなのですが、私はハンフォードでの経験が一番印象に残りました。広島で生まれた被爆2世として、ここで学んだことを、是非もっと多くの人に知らせ、ともに考え、ともに立ち上がらなければと思いました。
今回、多くの人のカンパで参加させてもらうことができました。あらためて感謝します。この行動に参加できて本当に良かったと思います。ありがとうございました。